豊田勝秋(とよだ・かつあき)1897~1972 工芸家(金工)
1897(明治30)年9月、福岡県久留米市に生まれる。
1915(大正4) 年、福岡県立中学明善校を卒業。同級生に古賀春江がいた。
東京美術学校鋳造科入学。
1920(大正9) 年、東京美術学校鋳造科卒業、研究科に進む。
1923(大正12)年、同科研究科を修了。東京高等工芸学校金属工芸科嘱託。翌年助教授。
1926(大正15)年6月、工芸家団体「无型」、「日本工芸美術会」の結成に参加。
1927(昭和2) 年、帝展第四部(工芸)発足より入選。
1935(昭和10)年、「実在工芸美術会」の結成に参加。
1938(昭和13)~42(同17)年、東京高等工芸学校教授。
1942(昭和17)年、久留米に帰郷。この後、郷里の工芸の振興と教育に尽力。
1948(昭和23)年、筑後市に株式会社赤坂陶園を設立、陶器を制作。
1949(昭和24)~52(同27)年、通産省技術庁工芸指導所九州支所長。
1954(昭和29)~63(同38)年、佐賀大学教育学部教授。
1968(昭和43)年、福岡県工芸美術作家協会会長、久留米連合文化会会長。
1972(昭和47)年4月、没(享年74)。