水とみどりと歴史の回廊マップ(常盤平地区)No.2
更新日:2013年11月25日
6.常盤平団地・星型住宅(スターハウス)
新京成電鉄(松戸-津田沼間)が全線開業した1955(昭和30)年、わが国初の大規模団地として計画(1962年日本都市計画学会賞受賞)が発表された常盤平団地は、1960(昭和35)年4月から入居が始まりました。大きく育った樹木の奥に、中層の集合住宅が立ち並ぶこの団地は、起伏ある地形を活かしタイプの異なる建物と樹木を組合せレイアウトすることで、表情豊かな住宅地景観を形成しています。特にこの団地に10棟ある「星形住宅」と呼ばれる建物は、Y字型に3戸を配置し、中央に階段室を設け、テトラポットのような特徴のある構造になっていて、各戸とも、日当たりがよく、プライバシーが保たれる工夫がなされています。
7.けやき通り
常盤平のメインストリートであるけやき並木は、常盤平駅前通りとして、ゆるやかにカーブしながら緑のトンネルのように続いていきます。駅と子和清水を結んで、団地造成の際に植えられたけやき約180本は、今では20mあまりの高さに育っています。1994(平成6)年には、読売新聞社が新聞創刊120周年を記念して行った『新・日本の街路樹100景』に選ばれました。
8.子和清水(こわしみず)
伝説をモチーフとした「子和清水之像」は、1992(平成4)年6月に松戸東ライオンズクラブが結成10周年を記念してその由来を記して建立したものです。子和清水の由来は、むかし、この近くに住んでいた酒好きな老人が、貧しい暮らしにもかからず、外から帰る時には酒に酔っているのを不思議に思った息子が後をつけてみたところ、父はこんこんと湧き出る泉を手ですくって、うまそうに『ああ、うまい酒だ』といって飲んでいたということです。しかし、父の去った後に息子が泉の水を飲んでみると、それはただの清水だったということで、この話を聞いた人々が『親は古酒、子は清水』と言うようになったということです。ちなみに、各地にある子和清水、古和(こわ)清水などはこうした伝説による泉です。
9.小林一茶の句碑
「母馬か 番して呑ます 清水かな」 小林一茶
一茶は馬橋、流山を第二の郷里として多くの遺作がありますが、旅の途中で目にした小金牧について詠った句を多く残しています。この句は1819(文政2)年、57歳のときに詠まれたものですが、子和清水が、鮮魚街道を往く人や馬の飲み水となり、農家の人たちの生活用水として貴重な湧き水であった様子を伝えています。
10.金ヶ作熊野神社
金ヶ作は、元武州(ぶしゅう)川越藩郷土の石川彦次右衛門(いしかわひこじえもん)が新田開発を計画し、1782(天明2)年に開拓を始めました。ところが翌年7月6日浅間山の大噴火によって大量の火山灰が降り、田畑が大被害を受けました。そこで急きょ、氏神様を祭るため、紀州和歌山の熊野本宮より御魂を拝受し、その分社として祭神されました。
社殿前に高くそびえる御神本は、「なんじゃもんじゃの木(まてばしい)」と呼ばれ、秋には大きなドングリの実を幹の周りに落とします。また、この木の根本には熊野本宮を訪れた氏子が持ち帰ったなぎ梛(なぎ)の木が植えられています。梛(なぎ)の木は昔から夫婦和合、旅行・交通・海上・安全、心願成就などのお守りとして、人々がその葉を懐へ入れて帰る風習があったそうです。
景観重要公共施設について
景観の素晴らしい道路や公園が多いのも、常盤平の特色です。市では周辺と一体となった景観形成を一層進めるため、「さくら通り」、「けやき通り」、「21世紀の森と広場」とその中央を通る「公園通り」を、「景観重要公共施設」に指定しています。周辺の建物はこうした施設を大切にし、その価値をさらに育むため景観に配慮してください。
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